3.飽きない大都会
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いよいよニューヨーク

  日曜日の朝、まだ暗いうちからの出発であった。明らかにインディアンとわかるタクシーの運転手は、私達とは一言も話さなかったが、同じ蒙古斑を有したというだけで親しみがあった。ヒューストンに着いたときは曇っていたが、今日は晴れそうである。DL366便は定刻7時30分に出発した。雲海がとても美しい。メキシコ湾上の雲は背が高く、亜熱帯性気候を思わせる。離陸後30分、真下を見るとミシシッピー川のデルタ地帯を飛んでいるようだ。ルイジアナ、ミシシッピー両州は湿地帯であることがよく解る。
  「あっ」と首をかしげてしまった。朝食を運んできたスチュワーデスがメガネをかけているではないか。めずらしいことである。ダテ眼鏡か、それとも近視ではなく遠視なのか。例によってデルタ航空の朝食は日本人向きである。しばらく外をながめていたが、ここ2、3日、寝不足なのかいつの間にか眠ってしまった。気がつくとアパラチア山脈の裾野を越え、バージニアあたりか、田園地帯を飛んでいるようだ。11月だというのに緑がとても美しく、区画が行き届ききれいに整地されている。時のたつのも忘れて下の景色に見とれていた。機長の声で「ただ今デラウェア上空、ニューヨークは快晴」と機内放送が入る。いよいよアメリカ最大の街、摩天楼のそびえるニューヨーク(N・Y)である。
  右の席に座っている私のほうからは、ブルックリン区がよく見える。左に座られている一瀬氏のほうからはナローズ海峡、上ニューヨーク湾、そして遥か遠方に自由の女神像、マンハッタン島が見えているはずである。クイーンズ区の上空では、人の歩いている姿まではっきり確認することができた。「フーッ」。ラガーディア空港に無事着陸した。

DL366便の機内からニューヨークを眺む

  グラントセントラル・パークウェイを経て、イーストリバー沿いのフランクリン・ルーズベルト・ドライブを通る。55丁目付近よりマンハッタンの中心部へ。N・Yでの3日間のホテルはニューヨーク・ヒルトンである。フロントはあわただしくガサガサしていて、チェックインも待たねばならず、やはり大都会のホテルである。

「オジン」の年代

  荷物を部屋に置いて日曜日の昼下がりの街へ出て昼食をとることにした。ハンバーガーという声もあったが、橋本氏の提案で中華料理になった。日本の中華料理店より店舗のつくりはケバケバしくなく、誰にでも入れるようにガラス張りになっていた。髪の毛がちょっと長めで、痩せているウエイターが、日本人と分かったらしく日本語で話しかけてきた。メニューを見ていたが、4人で協議の上注文することになった。まず、スープ、マーボ豆腐、焼めし、焼そば、野菜いため、そして酢豚。メニューに酢豚という漢字はなく、ウエイターを理解させたのは橋本氏であった。飲み物はバドワイザーを注文した。