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国家は滅びる  働くことの尊さ

  ローマ帝国はなぜ崩壊して滅びたか。かつて、ソフィア・ローレンが出演した「ローマ帝国の滅亡」という映画があった。歴史によると、ローマ人は自らは働かず、主なる労働を外国人に任せていた。世襲の皇帝がいなくなった。だから滅びた。
 ローマを支配する人たちは、あまりにも豊かであったので、自分たちの快楽と愛憎、謀反や嫉妬だけを考えるのが普通であったのである。「政治権力を金で買う」ことが罷り通っていたかもしれない。そして一般住民は、ただお金と快楽に明け暮れる日々が続いていたのである。労働は全くせず、働いている者はローマ人以外の異邦人たち、そして「人たる者はこうありき」という道徳はまったくない。ローマ帝国は中身、足元から崩れるべき運命にて滅亡したのである。
 今現在のどこかの国によく似ていませんか。お金のために働き、金権政治、テレビはバラエティー番組ばかり、難しそうな話題で核心に触れようとするとサッと論点をぼかしてしまう。すべての秤が数字で結果をだしてくる。年代別年俸額、視聴率、アンケート調査・・。平均値や調査結果の数値、為替レートや株式市況を日々知らされていて、ためになる番組はこれと言ってない。マスコミばかりではない。設計だけをして、製造は下請け、検査は外注といった妙なメーカーまで生まれてきた。生産を忘れた国民は滅びるのたとえ通り、そんなメーカーはいずれ滅びる運命にある。今、日本の企業はまさに選択を迫られている。日本国民一億二千万人、総白痴化、亡者にならざるを得ない。
 テレビ、新聞などマスコミ業界が、大衆受けをすることを考え、スポンサーや周りに気遣っている。そんなマスコミの情報はいったいどうなるでしょうか。番組や紙面の内容は、中身のない、ただおもしろいだけのものになってしまう。それを視ている視聴者はどうなるでしょうか。
 アメリカの多くの黒人たちは就業しようとしない。なぜなのか。一週間働いて得る給料よりも、働かずして政府から出される手当のほうが多いからである。
 人間は労働することによって、自らを磨く。労働をせずして潤沢な資金が懐に入ってくるならば、人格は損なわれていくことになる。
 日本が欧米並に福祉が進んでくることは決して望ましいことではない。福祉が十分に満たされてくると、正直な身障者や正直な福祉の対象者は別として、法の間隙をうまく利用して税金逃れをする輩や個人的でない理由で保障されて生活費をもらえる人間が増えてくることになる。一方、社会保険料は給料の二十五%ぐらいの割合になっているならば、正直に働いている人間は、真面目に働くことが「馬鹿」に思えてくるにちがいない。
 たとえば同じような境遇の人でも、年齢や期間、原因や性別、現住所などの条件によって、給付される人と給付されない人が出てくる。役所とすれば、どこかで線を引かないと収拾がつかなくなるし、自治体によっても異なった給付をするかもしれない。
 実際に私たち人間は規則正しく生活して、定職について働くことが健全な生活につながることは、よく知っている。「今日も元気で働けることを感謝しありがたいと思っている。働くことは素晴らしい」と。でも、自分とよく似た境遇の者で、国家の大切な税金を公然ともらっている連中が増えてくると、まさに国家は衰退し滅びることになるかもしれない。
 二十一世紀に向けて、我が日本丸の行方は多難であるが、どうか勤勉で正直な私たちのためにも正しい舵取りをタイムリーに実施してほしいものだ。(1996.9管材新聞掲載)